インタビュー

有限会社森田製針所

実は身近なところで人々の暮らしを支える針とステンレスパイプ製造のプロフェッショナル

「伝える」ことを諦めない。100年続く老舗企業の、今なお続く進化の秘訣。

森田 祐輔有限会社森田製針所
代表取締役社長

今年で100周年の節目を迎える森田製針所の若き4代目。大正時代から続く歴史ある製針所をわずか22歳で引き継ぎ、試行錯誤を繰り返しながらも常に前向きな改善と改革を重ねて発展させてきた。20代から70代までの社員を抱え、「まずは元気な挨拶から」をモットーに組織を運営し続けている。

動画を共有・配信するサービスであるユーチューブ(YouTube)を利用しています。

はじめに

「製針所」という名前を聞いて、思い浮かべるのはどんな仕事だろう。手芸用の針や安全ピンくらいしか思い浮かばないかもしれないけれど、実は私たちの生活のあらゆるところに、製針所の仕事は潜んでいるらしい。知らない世界を覗きに行くような「未知」を抱えたまま始まろうとしたインタビューは、森田代表からの提案で会社紹介の一本のムービーを見るところから始まった。

ものづくりタウンかどま

会社の歴史や事業内容がとてもよくわかる動画でした。こうやって見せていただけるとイメージがつきやすくていいですね。

森田代表

ありがとうございます。「製針所」という名前がついている会社ではありますが、ステンレスパイプの加工をメインで担っていますし、一口に「針」と言ってもその種類や用途は本当にさまざまです。仕事そのものが特殊な分野だと思いまして、お客様にとって想像しづらい・わかりづらいというところがあるかもしれないと考え、こうした「わかりやすく伝える」という部分は大切にしないとなと思っています。

ものづくりタウンかどま

針と聞いて、身近なものだと衣服を縫う針くらいしかイメージがつかなかったというのが正直なところなのですが、先ほどの動画ではかなりたくさんの事例があげられていましたね。

森田代表

弊社で製造する針は、空気清浄機等の身近な日用品からインクジェットプリンタ等の工業品、半導体の洗浄針や冷蔵庫の温度センサー、医療用の製品など、本当に多岐に渡ります。独自の特殊加工技術を持っているため極小針の加工もおこなうことができますし、一番の特徴としてあげられるのは「製造のための製造」として、自社で加工機の製造までもおこなっているところです。そのおかげで短期納品や小ロットへの対応も可能になり、かなり幅広いお仕事をさせていただけるようになっています。

ものづくりタウンかどま

製造のための機械まで作ってしまうというのは相当な技術力ですよね。今年で100周年を迎えられるとのことですが、昔と今でお仕事の内容は変わりましたか?

森田代表

創業当時は、それこそ服の生地などを編む機械の部品である「メリヤス針」の製造・販売を主にしていました。昭和後半に差し掛かって繊維産業の起点が海外へ移行したことを受け、他分野への進出を決断したのが平成4年です。メリヤス針製造の一連の流れの中で培ったノウハウを活かして、ステンレスパイプの加工にも乗り出し、今ではこうしてさまざまなシーンでご活用いただける製品を作ることができています。

伝える方法は言葉だけじゃない。覚悟を示した新社屋

ものづくりタウンかどま

多様なお仕事の中で、今特に力を入れている分野はありますか?

森田代表

5年前に新社屋を建てたんですが、そこは医療推進のためだけの建物で、メディカルオンリーの工場になっています。

ものづくりタウンかどま

メディカルオンリーですか。確かに需要は多そうですが、それはどのような計画があってのものだったんでしょう?

森田代表

実は10年以上前から医療分野を強化したいなという計画だけは持っていたんです。だけどなかなか構想が上手く伝えられないということもあって、社員にその必要性に納得感を持って賛同してもらうということが難しいなと感じているところがありました。私の特性と言いますか、持っている資質として、多分あんまり得意じゃないんですよね、そういうことを伝えるのが(笑)。

ものづくりタウンかどま

新しいことを始めるのが苦手ということでしょうか。

森田代表

自分自身の真剣度合いや考えを正確に伝えるということが、あまり上手くないんだと思っています。ただ、伝え方というのは何も言葉だけではありませんから、言葉で伝えることが不得手なら、その他の方法をもってしてでもこの計画は進めていきたいと考えていました。それでもう、メディカルオンリーの新社屋を建ててしまおうと思ったんです。

ものづくりタウンかどま

えっ? 社員の皆さんに納得してもらう前にということですか?

森田代表

もちろん前もって説明はしていましたが、私の意思がしっかりと伝わっているかはいまいちわからないな……という感じだったんです。やっぱり言葉ではなかなか伝わりきらないのかもしれないと思って、私の決意や覚悟を示すひとつの方法として、「敢えて先に建物を作った」という感じはありました。

ものづくりタウンかどま

ずいぶん大胆な方法をとられたんですね。社員の皆さんの反応はいかがでしたか?

森田代表

いやぁもう、社屋ができてしまったので頑張るしかないなと思ってくれたと思います(笑)。私自身の真剣度合いも伝わったと思いますし、おかげさまでこの5年で3倍近く成長を遂げることができています。

ものづくりタウンかどま

素晴らしい結果ですね。ご自身の資質というお話がありましたが、代表として社員の皆さんを率いる中で自信をなくしてしまったりすることもあったんでしょうか。

森田代表

私は22歳でこの会社を引き継いだのですが、父が急逝し、自分も周りも「これからどうなるんや」と思っている中でのスタートだったんじゃないかと思います。正直自分に会社の代表なんてできるんかと不安もありましたし、社員の皆さんは私よりもずっと先輩のベテランの方々ばかり。それなりのプレッシャーもあるし、会社を引き継がずに逃げてしまおうかなとも考えていました。けれど、父の葬儀で喪主をつとめていると、当時20名程度だった社員の皆さんが参列してくださっていて、その殆どが涙を流して父を偲んでくださっていたんです。「あぁ、こんな風に泣いてもらえるということは、きっと代々人を大切にしてきた会社なんやろうな」「こんな光景を見てしまったら、もう逃げるわけにはいかんな」と、腹をくくって4代目になることを決めました。だから、最初から試行錯誤しながらのスタートで、色々な壁を感じることも多かったですよ。

ものづくりタウンかどま

歴史ある会社を22歳で引き継ぐというのは相当なプレッシャーだったと思います。そうした壁を乗り越えるために、どのようなことを意識されてきたんでしょうか。

森田代表

目標に対して壁がある時に、目標に到達するための方法はひとつではないと思うようにしています。壁を登るのか、壊すのか、あるいは橋をかけたり、回り道を探したり、方法はたくさんあるはずです。言葉で説明して伝わらないなら行動で示すというのもひとつだと思いますし、その「方法」を模索しながら、目標に向かっていけるよう努力することは大切にしています。

世代を超えて、「会話」を通じて受け継ぐ誇りと技術

ものづくりタウンかどま

動画の中にも「いまをもっとよくするために」というコピーがありましたが、伝統を守りながらも発展させていく中で大切にされていることはありますか?

森田代表

弊社の持つ強みでもあるスウェージング加工の技術は90年磨き上げてきたものになりますが、やはりこうした確固たる強みになる技術を持つためには、技術力の継承とアップデートということが課題になります。弊社では教育に力を入れて、教えられる側と教える側が「何をわかっていて、何をわかっていないのか」を共有しながらスキルアップしていくことができる仕組みを構築しました。細かなチェック項目を作り、5段階くらいのレベルにわけたスキルレベルマップ表を用意して、半年に一度個別面談で先輩と後輩が一緒に話し合いながら、次のステップとなる目標を決めていく形です。それぞれのことを理解しあいながら、共に育っていける環境づくりには意識を置いています。

ものづくりタウンかどま

とても先進的で素晴らしい仕組みですね。コーチング的な発想にも近いように感じますが、そうした方法を取り入れようと考えられたきっかけがあったんでしょうか?

森田代表

弊社は20代から70代と幅広い人材が一緒に働いています。普通に仕事をしていては、良いと思うことも感性も感覚も全く違うということがあって当然だと思うんです。私自身、22歳という年齢で代表取締役に就任した際に、もっと新しいものを取り入れたいと思う部分がありましたが、従業員の方の中には「今までこれでやってきたんだからこれでいい」という職人気質な雰囲気がありました。そこでお互いの理解を深めようとしないままでは喧嘩になってしまいますから、温故知新の気持ちを持ちながらも、必要な変化は反映させていく。そんな意識を持って働く大切さを私も感じてきたので、教育の部分でも自然とそういった思考は持っていたかもしれません。

ものづくりタウンかどま

他にも意識されている部分はありますか?

森田代表

多様なものづくりをしているからこそ、「用途に忠実なものづくり」は大切にしようと思っています。ものづくりに携わる人間として、「今自分が作っているものが『何』に使われているのか」は全員が理解し、解像度を高めて製品と向き合い、語れるようになってもらいたいと考えているからです。そのために、私が時々工場を巡回しながら「これって何になるの?」「どういうものなの?」と社員に問いかけるようにしています。

ものづくりタウンかどま

自分の仕事が「何」に繋がっていくのかという部分は、知っているのと知らないのでは一つひとつの仕事に対する向き合い方やモチベーションの部分でも変化がありそうですね。ちなみに社員の方々は、普段からコミュニケーションの機会は多いんでしょうか。

森田代表

そうですね。先ほどお話した巡回も、私が席を立つとみんなそわそわして「これ何に使われてるんだっけ」と聞き合ったりする方もいらっしゃいますし、私も含めて会話も多く、積極的に挨拶をするという文化もあります。交流の場という意味では社員主導で全社員参加のイベントを開いたりもしてくれていて、前に開催した運動会では16歳と70歳がスタートラインに並んで「若い者にはまだまだ負けん!」「もう危ないからやめとき!」みたいな会話があったりもしましたね(笑)。

確かなものづくりは「挨拶」から始める

ものづくりタウンかどま

明るく賑やかな会社というイメージが浮かびますが、挨拶をする文化というのはもともとあった習慣なんですか?

森田代表

実は私が会社を引き継いだ当初は、工場に行ってもほとんど挨拶がないという状態でした。職人気質で仕事はしっかりとやってくれるんですが、挨拶の声はなく、活気はない。これは良くないなと思って、最初の頃は朝ひとりひとりに挨拶をして回るようにしていました。それでも、私の耳に届くくらいの挨拶を返してくれるのは半分くらいで。一応、そのまま一年間我慢して挨拶運動を続けてみたんですが、なかなか様子が変わらない。だからある日の朝礼で、「挨拶が聞こえなかったら帰ってもらいます」という話をしたんです。

ものづくりタウンかどま

帰ってもらうというのはまた大胆な方針ですね。

森田代表

そうですよね(笑)。でも、私に聞こえないくらいの挨拶しかできないということは、おそらく相当疲れている状態だと思うんですよ。本当にしんどくて挨拶もできないくらいなら、それは帰ってしっかり休んでもらった方がいい。そういう意味も含めての話だったので、皆さんも一応納得してくれたのか、それからは挨拶が返ってくるようになりました。

ものづくりタウンかどま

新社屋建設のお話といい、大胆でユニークな方法で課題を乗り越えてきていらっしゃるのが印象的です。

森田代表

今ではすっかり馴染んで文化になったのか、新人さんには先輩社員から「この会社は挨拶しないと帰らされるで(笑)」と伝えてくれるようになったと聞いたこともあります。訪問してくださるお客様にも、挨拶が気持ち良くて明るい会社ですねとお褒めいただくことも多くなったので、良い文化として定着してくれて良かったなという思いでいます。

必要とされるべきものを必要とされるようにする経営で、100年も、これからも。

ものづくりタウンかどま

工夫を凝らしながら継承や改善を重ねてこられた森田製針所様ですが、100周年を迎えられて、これから先どういった会社になっていきたいというビジョンはありますか?

森田代表

弊社の強みは一貫した生産です。製造はもちろん、弊社独自の製造機も作りますし、最新の検査機器も導入しています。お客様の目線に立ち、安心して仕事を任せていただけるためにできることは徹底的にやっていくという姿勢は変わらず持ち続けたいと思っています。あとは、働いている人に夢を持ってもらえる会社でありたいなとも思います。うちの会社を卒業する時にも、「ここで働けて良かった」と思ってもらえるように、働いてくださっている皆さんをしっかりと守っていくということも、企業として果たすべき責任ではないかと考えています。

ものづくりタウンかどま

これからも多様な分野でのお仕事というのは続けられていくのでしょうか?

森田代表

そうですね。磨き上げた技術を持ちながら、それを新たな分野にも転用していくということは重要ではないでしょうか。100年積み上げてきた実績もあるように、弊社の社員や社員の持つ技術は世界に通用するものだという自信があるので、あとはそうした「必要とされるべきもの」を「必要とされるようにする」のが、私たちの役割だと思います。

ものづくりタウンかどま

100年の歴史の重みと、一人の人間としての葛藤。私たちの暮らしの身近なところにも、こんなにも長い歴史と想いの詰まったものづくりが関わっているんだと知ることができました。ここでしか聞けない貴重なお話、本当にありがとうございました!

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